アトピー性皮膚炎 克服物語 

アトピー性皮膚炎は克服できると私は信じます。
                            
                                                                                                 

哀しみに満ちてしまったあなたへ

 

アトピー性皮膚炎は克服できると私は信じます。

 

振り返ってよくよく考えると、10年ほど前あたりから、お醤油が口についた後は、すぐにおしぼりで拭くようになりました。ストッキングを履いているとき、ひざの裏が無性に痒くなるときもままありました。なぜか、いつも鼻の下の皮が少し剥けていて、まるで日焼けした後に皮がむけてきたような状態になっており、手の甲、首のまわり、口のまわり、目のまわり、皮膚の柔らかいところが非常に敏感になっていました。更なる痒さを引き起こさないように気をつけて過ごしているのが習慣となっていました。その頃は、まだ、人にはアトピー性皮膚炎だとは分からないほどでしたが、その日々が続き、4年ほど前になるでしょうか、悪化し出したのは。24時間中、20時間は痒さとの戦い、そんな日々が始まりました。痒さを緩和させるために、痒いところを爪で傷つけたり、針で刺したりはあたり前のようにしてしまっていました。通常では考えられないことでしょうが、一瞬でも痒さを忘れられるなら痛いほうが良いと、カッターで切り裂きたくなる衝動にかられるほどです。これは、同じ経験者でしか分からない苦しみです。血液の中に大量の虫が這っているような、尋常ではない痒さとの過酷な戦いです。

夜中になると、体温が高くなるためか、寝る頃になると強い痒さが発作のように襲ってきました。お風呂に入っても、水、お湯がしみるのです。悲しくなって涙がでると、涙の流れ跡が痒いのです。泣くことで少しは気が晴れるばかりか、更なる痒さを呼ぶのです。その思いが涙を誘うので、もううんざりといった気持ちでした。肌に全くといっていいほど油分がなくなってきてしまうと、このようになってしまうのですね。溢れる涙が頬を伝わないように泣いていた日々を送っていました。当然のことながら鏡をみるのもいやで部屋から鏡を排除しましたね。どんどん肌に張りがなくなっていく無残な顔をみるのがいやでしたから。

もちろん皮膚科には行っていましたが、当たり前のように、世間では良くないといわれているステロイドの塗り薬を処方され、通っていた皮膚科の先生にまだ痒いというと、じゃ少し強い薬を出しましょうと、その繰り返しです。幾つもの病院を渡り歩きましたが同じでした。薬について調べてみましたが、処方されている塗り薬がかなり強いステロイドだということが分かってきて、果たしてこれを顔に塗っていいものなのかと思いながらも痒さが酷い時は、もうどうしょうもありません。止める方法はそれしか見つかりませんでしたから。竹炭が良いと知れば、部屋中に炭を置き、お風呂にも入れました。竹炭は確かに効くようです。シソジュース、酢など、痒みを止める成分が含まれているものはありとあらゆるものを調べて摂取しましたが、結果は、多少は効いているような気もしましたが、劇的変化は見られず、気休めのようなもので、血中に大量の虫が這ってくるような思いには変化は見られなかったように思います。

インターネットでいろいろと調べ、アトピーには、温泉の成分が効くということを見つけ、温泉巡りのような日々を送りました。強酸性の草津の湯は殺菌作用が強いので、痒さを止めてくれることは確かでした。1週間程、草津に滞在しましたが、その時は、空気もよく、毎日温泉に入ることができるので多少良くなったように思います。しかし、その環境にずっと住むのならばそれでも完治できるのかもしれませんが、私の場合そうはいかなかったので、東京に戻ってくると、少し良くなったと思われた症状がまた悪化の一途を辿るのでありました。私の調べたところ、アトピーの温泉治療の場合、まず殺菌力高い強酸性湯で治療し、今度は保湿効果の高い泉質のお湯で仕上げをすることが理想的な方法だということが分かってきました。その後、関東近県に保湿効果の高い良質な泉質の温泉は無いかと探しているうちに、福島に良い泉質の温泉があるような記事を見つけました。すぐに福島にいる知人に、アトピーに良い温泉はないですか?とメールを送りました。その翌日、気晴らしも兼ねて、福島に発ち、いろいろな話をしているうちに、そういえばアトピーの名医といわれている先生が会津にいらっしゃるけれど、行ってみる?と聞かれ、早速連絡を取っていただき、その翌日に診察して頂くこととなりました。

診察室に入ると、先生は徐に腕まくりをし、右腕を見せて下さいました。「私もアトピーだよ!」と。50才半ばを過ぎていらっしゃる男性の肌とは思えないほど、まるで女性の肌のようにとてもキメの細かい綺麗な肌です。先生は、ある薬を飲み続けていたことが発端で、薬害によりアトピー発症となったとのことでした。その後、食事療法をし、今ではこのように綺麗な肌になったというお話をして下さいました。

先生の治療方法は、食事療法と、生活環境の改善というものです。フローリングにベッド1つ、一切の家具、本棚、ぬいぐるみなど部屋から出し、ハウスダスト、ダニなどとは極力接しない生活に改善し、異常に上がってしまったアレルギー値を下げるといった方法です。日々の生活の中で、生活環境、ストレス、食生活などの変化により、特に元々アレルギー体質である人は、そういったことが引き金になり徐々にアレルギー値が上がっていき、今までは抑えられてきていたアレルギーが、ついには限界に達し、それがオーバーフローした時に、このように突然アトピーになったりすることがあるということでした。体質にもよるので同じような環境で生活していても、同じように発症するとは限らないので個人差があるということです。次に私たちの体内を通過している科学物質の問題に言及されました。昔と違い、空気は汚染され、水道水に含まれる塩素の量が増えていること。更に、食物の残留農薬、添加物、香料、着色料、保存料等など、1ヶ月間の間に何キロにもなる多量な科学物質が、知らず知らずに私たちの体の中を通っていること。自らの身体を自らの管理で気をつけて守らないと大変なことになるのです。と優しく説明して下さいました。なんだか妙に納得した気がします。食生活が変化し、非常に便利になっていることの反面、体への悪影響が潜んでいることまで真剣に考えたことがなかったので、目が覚めたような思いがしました。

食物の中には、アレルギーを引き起こし易いものが多くあり、私のようにアレルギー値が非常に上がってしまった人は、まずは血中のアレルギー値を下げることが第1で、それには、危うき食物(アレルギー値を上げ易い、引き起こし易い食物群)は全て断つ必要があるということなのです。なぜならば、血中のアレルギー値をさげるには、アレルギーを引き起こす成分が入ってくると、アレルギー値は下がらない。このような理屈のようです。その為の食事制限なので、一生これらの食べ物が食べられなくなるというわけではないのです。一時的にということですね。私の場合、血液検査では食物アレルギーは無いという結果がでているので、ナゼ、食事制限をしなければならないの?という反発心をすぐには断ち切れなかったのは事実ですね。お医者様の中でもこの食事療法に対しては賛否両論のようですが、私はやってみました。先生曰く、なんとか治してくださいと駆け込んできた患者さんにこの説明をすると、100人中、99人はできないから、だんだん診察に来なくなっちゃうのだよね。と笑っておられましたが。食事制限というのは、制限した分、他の食品で必要なエネルギーを補わなくてはいけないので、最初は専門家に必ず指導してもらう必要があると思います。最初の内は、この痒さ地獄での戦いの上に、更に食べ物まで制限しなければならないというストレス、「なんにも食べられるものがないじゃない!」という錯覚からくる苛立ちから、本当にこれで治るの?とういう不信感、先生にあたってしまい、先生を困らせたりもしていました。そんな私を今でもとても暖かく見守って下さっている先生に心より感謝しています。外食は一切禁止、ファーストフードはもってのほか、江戸時代の食事のようなものを摂るのです。チョコレートが大好きでバッグにチョコレートが必ず入っていた私は、チョコレート断ちは本当に辛かったですね。大概、朝食はガトーショコラと紅茶でしたから。洋菓子はもちろんのこと、鶏肉、牛肉、豚肉、卵、チーズなどを含む乳製品の一切を摂取しないようにする食生活をはじめなければいけないという現実に戸惑いました。たった一人では、何を食べたら良いのか、どうしていいのか分からなく、放心状態といった感じでした。母の助け無しでは乗り越えられなかったと思います。陰になり日向になり私を支えてくれた母には、一生をかけて恩返しをしたいと思います。あの頃は、その支えに感謝する気持ちの反面に、こんなにも心配をかけている自分に情けなさを感じ、その思いで自分を責め、腹立たしさからくる苛立ちで悲しくなり、と、複雑な心境でした。でも、あの悪夢を乗り越えるには、痒いという言葉を聞いてくれ、人目が気にならない夜中に一緒に散歩をしてくれる友達や、一緒になって苦しんでくれる誰かの支えが必要です。

あれから5年、今では外食もできるようになり、多少の食事制限はしているものの、潤いのある肌、何よりも、集中力をとり戻すことができ、アトピーで苦しんだ経験があるいうことは全く分からない玉姫になりました。大丈夫、肌はきちんと回復しますよ!確かにアトピーの経験は辛かったです。でも、そのお陰でいろいろなことを調べたことにより知らない世界を知ったことは大きかったです。水道局に電話し、塩素成分について詳しく聞いたリ、水についてもいろいろと調べましたね。竹炭についても。バランスの取れた食生活の重要性、手作り、これが基本で、最も豊かな食生活なのであるということを学びました。

人それぞれ、顔が違うように体も違うので、誰もが同じように私がやったような方法でアトピーから克服できるとは単純には考え難いかもしれません。ただ、私の苦しみの経験から多く学んだこと、多くの時間をかけて調べ、役に立った情報の1%でも、たった今、その苦しみを抱え、希望を失っている人に役に立つなら、その1%の希望をお伝えしたいと思いました。

あの悪夢を経験した人間だからこそ、その苦しみがわかります。

会津の先生に出会う前、半ノイローゼっぽくなって痒さと寝不足と戦っていた頃、アトピー体験のあるお医者様に診察して頂きたいと思ったことをよく覚えています。なぜならば、私の場合ですが、どこに行っても今の医療では治らないから一生うまく付き合っていくしかないのですよ。と言われ、その度にステロイドの塗り薬の段階を少しずつ上げるという、希望を感じられない治療方法でした。
たとえ現代の医学的見解では、治療方法に限界があるように見られても、あの地獄のような苦しみを持つ患者の気持ちを真に分かってもらえる言葉を私は求めていたのだと思います。人間は精神的存在なのですから、誰かのひと言により希望を感じ、精神が救われれば、奇跡さえも引き起こせると思うのです。

福島でも藁をも掴む思いで診察室に入りましたが、先生を信用して食事療法をしてみようと思ったのも、先生がアトピー体験をされ克服されていたからかもしれません。やはり、信憑性がありますから。でも本当に心温かい優しい先生ですので、アトピー経験をされていなくても、すぐに信頼したとは思いますが。

電車の中でもアトピーで苦しんでいる人を見かけます。自分が同じような肌を見続けてきたから、敏感になっている人の肌はすぐ分かります。私の経験をお話することが、もしかしたら役立つかもしれないと思い、思わず声を掛けたい気持ちにかられます。その時に、もし自分が街を歩いていて、見ず知らずの人に突然、「失礼ですが、アトピーのことでちょっとお話が……」なんて、声をかけられたらどうだろう、と考えると、もしかしたらいやだったかもしれないと思うのです。声をかけたことで、余計に傷つける結果にも成りかねないですからね。

イタリアのことわざに、「探す人は見つける」というような言葉があります。
なかなか思うように行かなくても、探し続ければ、必ず道は開けると私は思います。そして、人は、艱難辛苦の思いとの戦いなくしては、揺るぎのない底力は見につけ難いのかもしれません。それを乗り越えたとき、いつか輝きだすと私は信じます。

「花の咲かない寒い日は下へ下へと根を這って春になるのを待つのです。」どなたかの詩の一節なのだと思いますが、母からこの言葉で慰められたことを覚えています。冬の間にしっかり根を張っておかないと、春になって花が咲いた時に、その花を支えることができない。春は風が強いですからね。どんな環境下であっても、腐らず、その時その時に精一杯できることをしよう、というような意味だと思います。

易経の根本理念、自然の摂理を借りれば、万物流転です。
春夏秋冬が狂いもなく巡るように、人の人生も同じです。全てのことは必ず変化して行ってしまうのです。
ということは、辛い時期も、一生同じ状況であることは在り得ないのです。

その時々において、自分のできることを精一杯やっていると、自らを尊ぶ心が築かれます。すると「自分って、けっこう健気に、いい生き方しているなあ…」と、だんだんと自分が愛しくなってくるはずです。それは、心に揺るぎのない底力が築かれている証です。

努力した結果、直ぐに成果が確認できればもちろん嬉しいことですが、思う通りにあらわれてこなくても、試行錯誤しながも、前向きに生き続けていると、心にますます魅力が養われていきます。

それは、味わい深さ、 面白さ、うつわの大きさなどの他と異なる“あなたらしさ”という魅力です。



捨てる神あれば助ける神あり。




負けないで下さいね。




                占術家  宝 玉姫